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兵は拙速なるを聞くも、いまだ巧久なるを睹ざるなり(『孫子』)
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「もの」の名前が気になります。なぜその「名前」「呼び方」になったのか気になります。人なら「人名」ですし、場所なら「地名」ですが、名づけた「由来」があるはずで、それがなんだったのか気になります。

真田「幸村」について考えてみましたが、「村」は「邑」「邨」などとも書きますが、基本的に「村」の意味しかありません。

とは書いてみたものの、もしかしたら、「群」に通じるのかもしれません。

「村」の本字が「邨」になりますが、右は「邑」で意味を表し、左は「屯」で音を表します。「邨」も「群」も「あつまる」の意味で、「むら」と読むことから、置き換えることは可能かもしれません。意味が同じ、あるいは意味が同じでなくても、同じ音の字を置き換えることはまま見られることです。

熊本はもと「隈本」と書きましたが、「隈」の字には「(川に沿って)平地が曲がりこんで山に囲まれたところ」「奥まったところ」という意味があり、これから発展していくにはふさわしくないとして、加藤清正が改めたという説があります。なお、信長の「岐阜」改名と同様に、「熊本」が清正の独創かはわかりません。「岐阜」は信長の改名以前からあった地名で、「岐阜」が信長の独創かどうかよりも、「岐阜」と改めたことに意味があります。これらの話は以前にも書きました。
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