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兵は拙速なるを聞くも、いまだ巧久なるを睹ざるなり(『孫子』)
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徳川家康についてつらつらと

関ヶ原の戦いに至るまで、途中の段階では、
想定以上に「西軍」の勢力が大きくなり、
危機を迎えた、というのが最近の見方のようです。

本戦自体も、苦戦の末、勝利したというよりは、
短時間で勝利したという見方も出ています。
(掘ったら何か出てこないのかね)

勝ったとはいえ、徳川家による勝利ではありませんでしたし、
豊臣の家臣同士による争いでしたから、
そこから三年を経て幕府を開いたとはいえ、
豊臣家を完全に超えるところまでは行きませんでした。

ともかく。
家康は天下人となって、江戸幕府は二百年以上続くのですが、
必ずしも(本人にまつわる)いい話だけが残っているわけではなく、
焼き味噌だったり、ケチだったり、タイのてんぷらに当たったり、
あまり格好良くない逸話も少なからず残されています。
(江戸時代はおおっぴらに批判することはできなかったのでしょうが)

秀吉あたりは成り上がりですから、
出生からの英雄譚が捏造されていますが
(秀吉を授かる時に母親(大政所)が太陽を飲み込んだので、
「日吉丸」と名付けたとか、一月一日に生まれたとか)、
家康にはそういうものがほとんど見当たりません。
(石合戦の勝敗を当てたという話くらいか)

家臣の裏切りで売られたという有名な話もありますが、
どうも家康の幼少期は謎が多いですね。

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