兵は拙速なるを聞くも、いまだ巧久なるを睹ざるなり(『孫子』)
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「安倍内閣で(河野談話を)見直すことは考えていない」、という安倍首相の発言にはがっかりだぜ(14日、参院予算委)。スタンスは問わず、事実ではないことは検証して見直ししないと。それにしても、河野洋平の売国奴っぷりはひどい。今回の発言は日米韓首脳会議へ向けた米韓への譲歩だとしても、韓国に譲歩してもさらにつけあがらせるだけ。この話にアメリカが出てくるようになってしまったことが外交的敗北。
米ロ関係の時にも書きましたが、安倍さんも右にも左にもいい顔をして、結局最後は妥協してしまうようではどちらからもそっぽを向かれるのではないのかな。
ウクライナ情勢でもロシアとアメリカ・EUの仲介に乗り出す中共(中国)。マレーシア航空機の捜索で堂々と南シナ海に侵出する中共。
いかにもメディア受けしそうな小保方さんをかつぐ。メディアも割烹着や指輪といった研究にはほとんど触れずに、ファッションなどに注目して、一躍の時の人としましたが。一連の報道でもう少し広い範囲の関係者に目を向けると、黒幕というか、裏でシナリオを書いた人がいるのかな、と。小保方さん自身が潔白(単なる被害者)とは思いませんが。利用された挙句に、表に出た人が首をくくるようなことがなければいいのですが。
いずれ明らかになることだったと思うのですが(こんなに早かったのは想定外だったのでしょうか)、動機は名誉か金か(研究資金か)、それとも嫉妬でしょうか(iPS細胞の山中教授への)。
米ロ関係の時にも書きましたが、安倍さんも右にも左にもいい顔をして、結局最後は妥協してしまうようではどちらからもそっぽを向かれるのではないのかな。
ウクライナ情勢でもロシアとアメリカ・EUの仲介に乗り出す中共(中国)。マレーシア航空機の捜索で堂々と南シナ海に侵出する中共。
いかにもメディア受けしそうな小保方さんをかつぐ。メディアも割烹着や指輪といった研究にはほとんど触れずに、ファッションなどに注目して、一躍の時の人としましたが。一連の報道でもう少し広い範囲の関係者に目を向けると、黒幕というか、裏でシナリオを書いた人がいるのかな、と。小保方さん自身が潔白(単なる被害者)とは思いませんが。利用された挙句に、表に出た人が首をくくるようなことがなければいいのですが。
いずれ明らかになることだったと思うのですが(こんなに早かったのは想定外だったのでしょうか)、動機は名誉か金か(研究資金か)、それとも嫉妬でしょうか(iPS細胞の山中教授への)。
PR
海外旅行の航空機内で観た映画が、『清須会議』と『利休にたずねよ』です。先週の第37回日本アカデミー賞でもいくつかの賞を受賞していました。
『清須会議』:優秀監督賞、優秀脚本賞(三谷幸喜)など
『利休にたずねよ』:優秀作品賞、優秀主演男優賞(市川海老蔵)、優秀助演女優賞(中谷美紀)など
『清須会議』はエンターテインメント(娯楽)として観ると面白かったです。この場合、史実がどうとか細かいことを言うのは野暮というものです。ただ、歴史上の人物をモチーフ(題材)にしたエンターテインメントとして理解すると、人物関係や背景を知っていると、より楽しむことができると思います。個人的に、妻夫木聡演じる織田信雄(信長の二男)は秀逸で、ホントにこういう感じだったのではと笑わせてもらいました。
丹羽長秀や池田恒興を観ると、過大評価されている彼ら(恒興の子の輝政も)について書きたくなります(以前、少しだけ書いた)
『利休にたずねよ』は『火天の城』で知られる山本兼一の小説が原作となっています。その山本兼一は『利休にたずねよ』で直木賞を受賞していますが、2014年2月13日に57歳で死去しています(つい一か月前の話)。
映画化されるにあたって、千利休は市川海老蔵(山本のたっての希望であり、例の事件のあとも熱心にオファーし続けたという)、武野紹鴎は市川團十郎が演じることになりましたが、これが最後の父子共演となりました(歌舞伎ではなく映画だった)
とまあ、話題性はある映画で、たしかに海老蔵の演技はよかったと感じましたが、ストーリーは意味不明です。『清須会議』で史実がどうとか突っ込むのは野暮、と書きましたが、『利休にたずねよ』はさすがに荒唐無稽すぎます。物語のキーとなる女性の存在自体がダウトです。
さて、どちらにも信長が登場しますが、『清須会議』では「であるか」と言ったところにニヤリとしてしまいました。「であるか」は「そうであるか」の「そう」すら略した言葉で、信長が斎藤道三と会見した場面で出てくる台詞です(『信長公記』)。機内では英語の字幕が表示されていましたが、「Is this so?」だったかなあ、たしかにそうかなあと思いました。「清須会議」自体は「Kiyosu Conference」だったでしょうか。まあ、「meeting」じゃないですよね…。
『軍師官兵衛』でも、官兵衛の主君である小寺氏らが信長を前に挨拶の口上を述べていたところ、途中で「大儀」と言って去るところは「信長らしい」と思います。信長は極端に寡黙というか、言葉を惜しむところがあるというか、どちらも微妙に違うような感じがしますが、その一方で、秀吉の妻のことをどうたらこうたら言ったりする饒舌なところもあるわけで。
『利休にたずねよ』では、足利家に代々伝わる茶器には価値を認めず、利休が持参した黒塗りの箱に価値を見出す信長が登場します。もちろん、ただの黒塗りの箱ではなく、利休は蓋を裏返しにして水を張り、そこに月を映し出すのですが。安穏と地位にあぐらをかいているような者には厳しく、創意工夫をするような者には称賛を惜しまない、というのも信長の特徴かもしれません。そんなのは当たり前のこと、と思いながら、実践するのは難しいものです。
佐久間信盛のように、足掛け五年も大坂の石山本願寺を囲んでいながら成果がなかった怠慢を責められて追放される者もいますし、秀吉のように取り立てられる者もいます。草履取りや墨俣一夜城の話からしてそういう部分があります(これらの話は相当手垢がついていて、事実でもないのですが)。
「仕事のぼやき」のカテゴリーではありませんが、「できません」「わかりません」というのはダメですね。できない言い訳を聞きたいのではなくて、どうやったらできるのかを聞きたいわけで。もちろん、キャパはあるので、上司はキャパを超えないか見ている必要はありますし、部下も調べても尋ねてもどうしてもわからないものは正直に言った方がいいのですが。何事も限度というものはあります。
『清須会議』:優秀監督賞、優秀脚本賞(三谷幸喜)など
『利休にたずねよ』:優秀作品賞、優秀主演男優賞(市川海老蔵)、優秀助演女優賞(中谷美紀)など
『清須会議』はエンターテインメント(娯楽)として観ると面白かったです。この場合、史実がどうとか細かいことを言うのは野暮というものです。ただ、歴史上の人物をモチーフ(題材)にしたエンターテインメントとして理解すると、人物関係や背景を知っていると、より楽しむことができると思います。個人的に、妻夫木聡演じる織田信雄(信長の二男)は秀逸で、ホントにこういう感じだったのではと笑わせてもらいました。
丹羽長秀や池田恒興を観ると、過大評価されている彼ら(恒興の子の輝政も)について書きたくなります(以前、少しだけ書いた)
『利休にたずねよ』は『火天の城』で知られる山本兼一の小説が原作となっています。その山本兼一は『利休にたずねよ』で直木賞を受賞していますが、2014年2月13日に57歳で死去しています(つい一か月前の話)。
映画化されるにあたって、千利休は市川海老蔵(山本のたっての希望であり、例の事件のあとも熱心にオファーし続けたという)、武野紹鴎は市川團十郎が演じることになりましたが、これが最後の父子共演となりました(歌舞伎ではなく映画だった)
とまあ、話題性はある映画で、たしかに海老蔵の演技はよかったと感じましたが、ストーリーは意味不明です。『清須会議』で史実がどうとか突っ込むのは野暮、と書きましたが、『利休にたずねよ』はさすがに荒唐無稽すぎます。物語のキーとなる女性の存在自体がダウトです。
さて、どちらにも信長が登場しますが、『清須会議』では「であるか」と言ったところにニヤリとしてしまいました。「であるか」は「そうであるか」の「そう」すら略した言葉で、信長が斎藤道三と会見した場面で出てくる台詞です(『信長公記』)。機内では英語の字幕が表示されていましたが、「Is this so?」だったかなあ、たしかにそうかなあと思いました。「清須会議」自体は「Kiyosu Conference」だったでしょうか。まあ、「meeting」じゃないですよね…。
『軍師官兵衛』でも、官兵衛の主君である小寺氏らが信長を前に挨拶の口上を述べていたところ、途中で「大儀」と言って去るところは「信長らしい」と思います。信長は極端に寡黙というか、言葉を惜しむところがあるというか、どちらも微妙に違うような感じがしますが、その一方で、秀吉の妻のことをどうたらこうたら言ったりする饒舌なところもあるわけで。
『利休にたずねよ』では、足利家に代々伝わる茶器には価値を認めず、利休が持参した黒塗りの箱に価値を見出す信長が登場します。もちろん、ただの黒塗りの箱ではなく、利休は蓋を裏返しにして水を張り、そこに月を映し出すのですが。安穏と地位にあぐらをかいているような者には厳しく、創意工夫をするような者には称賛を惜しまない、というのも信長の特徴かもしれません。そんなのは当たり前のこと、と思いながら、実践するのは難しいものです。
佐久間信盛のように、足掛け五年も大坂の石山本願寺を囲んでいながら成果がなかった怠慢を責められて追放される者もいますし、秀吉のように取り立てられる者もいます。草履取りや墨俣一夜城の話からしてそういう部分があります(これらの話は相当手垢がついていて、事実でもないのですが)。
「仕事のぼやき」のカテゴリーではありませんが、「できません」「わかりません」というのはダメですね。できない言い訳を聞きたいのではなくて、どうやったらできるのかを聞きたいわけで。もちろん、キャパはあるので、上司はキャパを超えないか見ている必要はありますし、部下も調べても尋ねてもどうしてもわからないものは正直に言った方がいいのですが。何事も限度というものはあります。
亡くなった人はまだまだ生きたいと思っているのかもしれないのに、
安らかにお眠りください、などというのは、
亡くなった人の意思に反しているのではないか、
と言われて、たしかにそういう考え方もあるのだな、と思いました。
(『千の風になって』の歌詞のようなものか)
亡くなった人がどう思っているのかはわかりませんが、
生きている人が亡くなった人を弔うのは、
生きている人の自己満足でしかありません。
しかし、そうしなければ、生きている人は、生きていくことができません。
安らかにお眠りください、などというのは、
亡くなった人の意思に反しているのではないか、
と言われて、たしかにそういう考え方もあるのだな、と思いました。
(『千の風になって』の歌詞のようなものか)
亡くなった人がどう思っているのかはわかりませんが、
生きている人が亡くなった人を弔うのは、
生きている人の自己満足でしかありません。
しかし、そうしなければ、生きている人は、生きていくことができません。
アメリカとの「同盟」強化を図りつつ、ロシアとの関係改善を進めてきた安倍首相ですが、ここに来て、「股裂き」とも言われるような厳しい状態に陥っています。言うまでもなく、ウクライナ情勢における、欧米とロシアの対立が原因です。
さて、明日で東日本大震災から3年となりますが、今回は「土地を失う」という話。「故郷」「ふるさと」などと書くと、少し意味合いが異なってくるので、あえて「土地」と書きます。
もう3年かと思うと、短く感じますが、3年がたとうとしても遅々として復興が進まない要因が、津波と原発事故(放射能…正しくは放射線)です。
津波の危険があると思えば、同じところには住めませんし、自分だけが高台に住むわけにもいきません。高い土地を整地して人が住めるようにするのは簡単なことではありませんし、コミュニティが崩壊してしまっていては住む意義が失われてしまいます。
原発事故にしても、復興以前に、そもそも土地に入ることすらできません。よくまあ、国や電力会社が語る原発の「安全神話」を信じ込まされていたのだと思います。それなのに、トップが海外に原発を売り歩いている(トップセールしている)というのは理解不能です。
こうなると、戦争などで他国に占領されて戻ることができない、戻りたくても物理的に戻ることが極めて難しい、という状況と似てきます。第二次世界大戦で敗北して、海外に獲得した土地を喪失した日本ですが、戦後七十年近くが過ぎようとして、土地を失うという感覚が過去のものになろうとしている時に起こったのが、3年前の震災です。
(北方領土は北海道以外では関心が低いし、竹島や尖閣諸島も最近になって出て来たという感がある)
少し話を変えますが、戦前、「満蒙は日本の生命線」などと言われていました。今度は「原発が日本の生命線」と言われるようになるのでしょうか。ともかく、手に入れた海外領土を護ろうとして、あるいは拡げようとして、戦線を拡大して、ついにはそのほとんどを失った日本ですが、多くの血を流して手に入れたもの、というのは自分からはそう簡単に手放せないのです。
ここでようやくウクライナの話になりますが、現在注目されているクリミア半島も、ロシアにとっては、多くの血を流して手に入れた土地になります。これを書いている時点ではウクライナ内におけるクリミア自治共和国という位置づけになります。また、半島の南西部に位置するセヴァストポリはロシアがウクライナから租借しています。セヴァストポリには要塞、軍港があって、ロシアはここを拠点にオスマン帝国やナチス・ドイツと戦っています。黒海に面し、「不凍港」を求めるロシアには譲れない土地であることが理解できると思います。
クリミアでは、ソ連崩壊後にもウクライナからの独立を求める動きがありましたが、同時期にチェチェンの独立運動があり、ロシアはチェチェンの独立を認めなかったために、クリミアの独立も立ち消えとなった経緯があります。
なお、少数民族として「タタール(人)」の存在が報道されており、先住民族的な印象を持ちそうですが、タタール自体が移住してきた民族です(「タタール」は多義にわたる。またロシアとの関係では「タタールのくびき」なども参照されたい)。
いずれにせよ、ここで冷戦を再現、東西の戦争を始めるわけにいかないとすれば、双方が納得できるような落としどころを探る、ということになりますが、さて、どうなるでしょうか。
(クリミア自治共和国の住民投票でロシアへの編入が多数となっても、「法的」に効力が発生するわけではない)
さて、明日で東日本大震災から3年となりますが、今回は「土地を失う」という話。「故郷」「ふるさと」などと書くと、少し意味合いが異なってくるので、あえて「土地」と書きます。
もう3年かと思うと、短く感じますが、3年がたとうとしても遅々として復興が進まない要因が、津波と原発事故(放射能…正しくは放射線)です。
津波の危険があると思えば、同じところには住めませんし、自分だけが高台に住むわけにもいきません。高い土地を整地して人が住めるようにするのは簡単なことではありませんし、コミュニティが崩壊してしまっていては住む意義が失われてしまいます。
原発事故にしても、復興以前に、そもそも土地に入ることすらできません。よくまあ、国や電力会社が語る原発の「安全神話」を信じ込まされていたのだと思います。それなのに、トップが海外に原発を売り歩いている(トップセールしている)というのは理解不能です。
こうなると、戦争などで他国に占領されて戻ることができない、戻りたくても物理的に戻ることが極めて難しい、という状況と似てきます。第二次世界大戦で敗北して、海外に獲得した土地を喪失した日本ですが、戦後七十年近くが過ぎようとして、土地を失うという感覚が過去のものになろうとしている時に起こったのが、3年前の震災です。
(北方領土は北海道以外では関心が低いし、竹島や尖閣諸島も最近になって出て来たという感がある)
少し話を変えますが、戦前、「満蒙は日本の生命線」などと言われていました。今度は「原発が日本の生命線」と言われるようになるのでしょうか。ともかく、手に入れた海外領土を護ろうとして、あるいは拡げようとして、戦線を拡大して、ついにはそのほとんどを失った日本ですが、多くの血を流して手に入れたもの、というのは自分からはそう簡単に手放せないのです。
ここでようやくウクライナの話になりますが、現在注目されているクリミア半島も、ロシアにとっては、多くの血を流して手に入れた土地になります。これを書いている時点ではウクライナ内におけるクリミア自治共和国という位置づけになります。また、半島の南西部に位置するセヴァストポリはロシアがウクライナから租借しています。セヴァストポリには要塞、軍港があって、ロシアはここを拠点にオスマン帝国やナチス・ドイツと戦っています。黒海に面し、「不凍港」を求めるロシアには譲れない土地であることが理解できると思います。
クリミアでは、ソ連崩壊後にもウクライナからの独立を求める動きがありましたが、同時期にチェチェンの独立運動があり、ロシアはチェチェンの独立を認めなかったために、クリミアの独立も立ち消えとなった経緯があります。
なお、少数民族として「タタール(人)」の存在が報道されており、先住民族的な印象を持ちそうですが、タタール自体が移住してきた民族です(「タタール」は多義にわたる。またロシアとの関係では「タタールのくびき」なども参照されたい)。
いずれにせよ、ここで冷戦を再現、東西の戦争を始めるわけにいかないとすれば、双方が納得できるような落としどころを探る、ということになりますが、さて、どうなるでしょうか。
(クリミア自治共和国の住民投票でロシアへの編入が多数となっても、「法的」に効力が発生するわけではない)
啓蟄(けいちつ)も過ぎましたが、
3月も10日というのに、この冬一番の寒波ってなんだよ…。
虫だけでなく、人もひきこもりたい…。
3月も10日というのに、この冬一番の寒波ってなんだよ…。
虫だけでなく、人もひきこもりたい…。